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 先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」  マガジンID:00101
歴史の試練に耐え民衆の支持を受け続ける先達の言葉に耳を傾けてみよう。金言や格言とは凝縮された言葉の中に隠された真理を通して、私たちに気付きや勇気を与えてくれるのだ。世界の金言・格言・故事・諺・名言集。

最終発行日:2017年6月23日 総発行回数:536回
登録日:2007年5月12日 読者数:41
発行周期:週刊 登録料:無料
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 0790 リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー
  発行日時:2017年6月23日 マガジンNo.00101
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2017.06.23-Vol.0790
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■先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」■
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★今日の名言★
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 歴史を変えたり無かったりすることはできない。

  過去に目を閉ざす者は現在に対しても盲目になる。

   非人間的行為を心に刻もうとしないものは、

    また同じ危険に陥るのだ。

          <リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー>

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◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

憎悪(ぞうお)・・・ひどくにくむこと。

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※喫煙室(雑談コーナー)

1985年5月、ドイツ敗戦40周年西ドイツ連邦議会の演説でナチスの罪を直
視するよう呼びかけたワイツゼッカーの余りにも有名な名言である。

「歴史を変えたり無かったりすることはできない。
 過去に目を閉ざす者は現在に対しても盲目になる。
 非人間的行為を心に刻もうとしないものは、
 また同じ危険に陥るのだ」


ワイツゼッカーは、ドイツの戦後史上初めて国家元首としてポーランド
を訪問し、また被害を与えた周辺諸国との和解にも努力した傑出した政
治家である。


「ドイツは統合された欧州で平和に貢献していきたい。」

「国民一人一人が心を開き、互いに助け合うことにかかっている。」


戦後50年に訪問した広島の平和資料館で次のような言葉も残している。


「ここでは言葉も文化も超えて、すべての人がすべてを理解できる。」

「広島を訪れた者は生涯、平和のメッセージを世界に伝え続けるだろう。」
「他の人々に対する敵意や憎悪に駆り立てられることがないように。」


去る6月16日、1990年の「東西ドイツ統一」を成し遂げた功労者である
ヘルムート・コール元ドイツ首相が死去した。

現役を退いたとはいえ、存在感のある重鎮で残念な人を失ったものであ
る。87歳だった。


残念ながら、統一という大きな目標を成し遂げたEUの分裂を含め、世界
が非常に流動的で危険な方向に走っている現実をどうみたらよいのだろ
う?

自国第一主義や危険な冒険・排斥主義は抑圧される側の暴力やテロの土
壌を育み、取り返しのつかない状況を作り出そうとしている。

私達の世代で暴力やテロの連鎖を断ち切り、英知を傾けて子供達の未来
のために平和な住みよい社会を作り上げなければならない・・・。

         ☆----------------------------------------☆

リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー

リヒャルト・カール・フライヘア・フォン・ヴァイツゼッカー(Richar
d Karl Freiherr von Weizsacker、1920年4月15日 - 2015年1月31日)は
、ドイツの政治家、貴族(男爵)。キリスト教民主同盟(CDU)所属。西
ベルリン市長(在任:1981年 - 1984年)、第6代連邦大統領(在任:19
84年 - 1994年)を歴任。

[経歴]

[少年・戦争期]

外交官エルンスト・フォン・ヴァイツゼッカー(Ernst von Weizsacker
)の息子として、シュトゥットガルト新宮殿(de)の一室に生まれた。兄
二人と姉が一人。長兄は哲学者・物理学者のカール・フリードリヒ・フ
ォン・ヴァイツゼッカー。祖父カール・フォン・ヴァイツゼッカー(Ka
rl von Weizsacker)はヴュルテンベルク王国文化相・首相を歴任し、1
916年に世襲の男爵(Freiherr)の称号を授与された。

父親の転勤に従い1920年 - 1924年にスイスのバーゼル、1924年 - 1926
年はデンマークのコペンハーゲン、さらに1931年 - 1933年にノルウェー
のオスロ、1933年 - 1936年は再びスイスのベルンで過ごし、1936年にベ
ルリンに戻った。

1937年にベルリンのギムナジウムを卒業し、イギリスのオックスフォー
ド大学やフランスのグルノーブル大学に留学して哲学や歴史学の講義を
聴講した。1938年、勤労奉仕義務のためドイツに帰国。

同年兵役でドイツ国防軍に入営し、ポツダムの第23歩兵師団第9連隊の機
関銃中隊に配属された。同じ連隊に少尉として次兄のハインリッヒがい
た。1939年9月1日にドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が勃
発、彼の部隊はポーランド侵攻作戦に参加する。開戦翌日(9月2日)の
ブィドゴシュチュ近郊の戦闘で、彼から数百メートル離れた地点で次兄
が戦死した。

部隊はルクセンブルクとの国境に配置転換され、ヴァイツゼッカーはそ
こで法務士官の教育を受け、西方電撃戦に参加。1941年には東部戦線で
バルバロッサ作戦に参加、ソ連軍と戦う。1941年夏に最初の負傷をして
4週間を野戦病院で過ごした。1942年に陸軍総司令部付の連絡将校となる
が、中尉に昇進するとすぐに前線の自分の部隊に復帰し連隊長付副官と
なった。

のちに予備役大尉となり、1944年5月にはローマ教皇庁に大使として派遣
されている父を訪ねてローマに赴いた。同じ部隊の戦友にはヒトラー暗
殺計画に参加していた将校がおり、計画を打ち明けられていたという。
1945年3月に東プロイセンで軽傷を負い後送され、同年5月8日の終戦時は
リンダウにいた。

[政治家・西ベルリン市長]

1945年に学業に復帰し、ゲッティンゲン大学で歴史学と法学を専攻。し
かし1947年から1949年まで、ナチス・ドイツの外務次官としてニュルン
ベルク裁判で裁かれていた父の弁護に関わるために休学。担当弁護士の
事務所でアシスタントとして研修、父親の弁護を手伝った。1950年に司
法修習生、1953年には国家司法試験に合格。1955年には法学博士号を取
得した。

1953年にマリアンネ・フォン・クレッチマン(Marianne von Kretschma
nn)と結婚し、4人の子に恵まれ、うち3人は異なる分野で大学教授に就
任している。1953年から5年間、マンネスマン社で法律顧問などとして働
きマンハイムとデュッセルドルフに住む。その後1962年まで妻の縁故の
銀行に勤務、1966年までインゲルハイム(英語版)にあるベーリンガー
・インゲルハイム社に勤務。

1954年キリスト教民主同盟(CDU)に入党。党の連邦代表委員を1966年か
ら1984年まで務めた。1966年にドイツ連邦議会選挙への出馬を勧められ
るが、当時ドイツ福音主義教会大会(キルヘンターク)の議長職にあっ
たため辞退した。1967年から1984年までドイツ福音主義教会(EKD)常議
員も務めた。

1968年、ラインラント・プファルツ州の党代表だったヘルムート・コー
ルに初めて党の連邦大統領候補に推薦されたが、党内投票でゲアハルト
・シュレーダー国防相に敗れた。1969年、ヴォルムス選挙区から出馬し
てドイツ連邦議会議員に初当選、1981年までの4期にわたり連邦議会議員
を務めた。1971年にCDU党首ライナー・バルツェルにより党の政策調査会
長に任命された。その成果は2年後の党大会で発表されて議論を呼び、1
978年の党綱領に盛り込まれた。1973年には党の連邦議会院内総務職に出
馬したが、決選投票で院内副総務のカール・カルステンスに敗れた。

1974年の連邦会議において、ヴァイツゼッカーはCDUの連邦大統領候補と
なったが、ドイツ社会民主党(SPD)・自由民主党(FDP)の連立与党が
推すヴァルター・シェール(FDP)に敗れた。1976年、コール率いる「影
の内閣」に入閣。1979年から1981年まで、ドイツ連邦議会副議長。1979
年、初めて西ベルリン市長候補として西ベルリン市議会選挙を戦い第一
党を獲得するが、政権奪取はならなかった。1981年の市議会選挙では48
%の高得票率でCDUは再び第一党になり、ヴァイツゼッカーは西ベルリン
市長に就任した。

[連邦大統領]

1983年11月、高齢を理由に連邦大統領の再任を辞退したカール・カルス
テンスの後継として、ヴァイツゼッカーはCDUの連邦大統領候補に選ばれ
た。1984年5月23日の連邦会議において第6代連邦大統領に選出され、7月
1日に就任した。ヴァイツゼッカーは、その格調高い演説によってドイツ
内外に感銘を与えた。

1992年には目先の選挙の勝利にこだわりすぎる各党の党派性を批判する
意見を『ディー・ツァイト(Die Zeit)』紙に寄稿するなど、全ての政
治的党派を越えた威信を保持した。1989年5月23日に連邦大統領に再選さ
れて二期目を迎えたが、このときは対立候補がいなかったため、候補者
がヴァイツゼッカーひとりであった。これはドイツ連邦共和国が建国さ
れて以来、唯一の例である。ドイツ国民の敬愛ぶりは、在任中の1988年
に彼の名を冠した学校が設立されたことからも伺える。

日本でも『荒れ野の40年』(日本語訳は岩波ブックレット)と題する、
1985年5月8日の連邦議会における演説の中の一節“過去に目を閉ざす者
は、現在に対してもやはり盲目となる”で知られる。「過去についての
構え」である罪と「未来についての構え」である責任とを区別し、個人
によって罪が異なるとしても共同で責任を果たしていくことを呼びかけ
た。

同時に「若い人たちにお願いしたい。他の人びとに対する敵意や憎悪に
駆り立てられることのないようにしていただきたい。敵対するのではな
く、たがいに手をとり合って生きていくことを学んでほしい。われわれ
政治家にもこのことを肝に銘じさせてくれる諸君であってほしい」とも
述べた。

この日はドイツ降伏40周年にあたり、ヴァイツゼッカーはこの記念日を
「ナチスの暴力支配による非人間的システムからの解放の日」と形容し
た。

他にも“自由民主主義体制において必要な時期に立ち上がるなら、後で
独裁者に脅える必要はない、つまり自由民主主義擁護には法と裁判所だ
けでは不足で市民的勇気も必要”などがある。

在任中に1990年10月3日のドイツ再統一を迎え、「統一することとは、分
断を学ぶことだ」と題する演説をして、新たに加わった国民(旧東ドイ
ツ国民)を歓迎した。

1994年6月30日の連邦大統領退任後は、国家の元老であるにもかかわらず
、政治及びの慈善事業の第一線で活躍し続けていた。ゲアハルト・シュ
レーダー政権によってドイツ連邦軍改革委員会議長に任命された。また
、「Three Wise Men」の一員として欧州委員会に任命され、EU統合の過
程を担っていた。またローマ・クラブ会員でもあった。

2015年1月31日、ドイツ大統領府がヴァイツゼッカーが死去したと発表し
た。94歳没。2月11日、国葬がベルリン大聖堂で執り行われた。

[1985年5月8日の演説に対する評価]

1985年5月8日の連邦議会での演説の中の「過去に目を閉ざす者は結局の
ところ現在にも盲目となります」(永井清彦訳)という有名な一節は、
演説が行われた当初は特に注目されていなかった。

この一節を日本で最初に見出しにしたのは、岩波書店の雑誌「世界」19
85年11月号で、朝日新聞も同年11月3日にコラムで取り上げている。岩波
書店はさらに、1986年2月に演説全文を掲載したブックレット、1991年に
は単行本を出版している。この頃からこの一節が有名になり、歴史認識
で韓国が日本を批判するのにも使われるようになった。

しかし、演説の3日前にコール首相とレーガン米大統領がナチス親衛隊も
埋葬されているビットブルク墓地を訪れ、ヴァイツゼッカーもレーガン
に謝意を述べている。また演説の中には謝罪に当たるものはなく、「民
族全体に罪があるということはない」「当時に子供だったり生まれてい
ない人達が自分が手を下していない行為に対して罪を告白する事はでき
ない」などと述べている。伊奈久喜は、これは日本の政治家が語れば「
妄言」と批判されるかもしれない内容であり、ヴァイツゼッカー演説は
史実とは異なる「神話」になった、と述べている。

ヴァイツゼッカーは演説の中で、ソ連も自らの利益のためにポーランド
に侵攻したとし、ヒトラーの台頭を英仏が放置したことは無実とは言い
かねるというチャーチルの言葉を引用し、戦後の東欧からのドイツ人追
放でドイツ人は不正にさらされた、と述べた。

日本政策研究センターの岡田邦宏は、これは日本の首相が、日米開戦は
日本だけではなく米国にも責任があると述べ、満洲でのソ連の蛮行やシ
ベリア抑留に触れることにも等しい行為であるとし、演説が戦勝国側の
非にも触れている点を評価した。

        フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

◆ワイツゼッカーの本 ⇒ http://tinyurl.com/y8jvvrwb
◆自己啓発書のベストセラー ⇒ http://tinyurl.com/yetxp2g

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★☆「keiko通信 from NewYork」☆★

「ドネーションをしたら・・・」

「病気の子供たちのために寄付を!
$10~30、50、70、100いずれかの金額を小切手で
返信用封筒に入れて投函してください。」

という手紙が届き、3箇所に小切手を送りました。

ところが、毎年次々に違うところからも寄付をお願いしますと郵便物が
届くようになりました。

住所はどこで調べて送ってくるのでしょうか?
有料ですが電話番号などもアンリストにしたほうが安全ですね。

                 keiko


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