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 愛ある家族になりましょう〜♪  マガジンID:07390
夫からの暴言・暴力。 夫の不倫。家庭内別居。或いは、完全別居をしている。 もう、離婚しかないのかと悩んでいる妻へ。もう一度、幸せを取り戻す為のヒントを書き綴っています。苦しみからの脱出を応援します。

■最終発行日:2018年6月23日 ■総発行回数:136回
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 『愛ある家族になりましょう♪ vol.11 』 分かり合えない壁
  発行日時:2013年12月16日 マガジンNo.07390
 こんにちは。芙蓉です。

前号のメルマガから一週間以上経ってしまいました。
先週火曜日は、moonさんとコラボで開催した「夜の愛され妻講座」。
それ以外の日は、施設での介護士の仕事がびっしりで、心身ともに疲労困憊しておりました。

今日は、私とある利用者さんとのお話を書こうと思います。




私の働いている施設は、重度身体障がい者のグループホームです。
5人の入居者がいますが、障害の状態も年齢も性別もさまざま。
その中に、知的障害の全くない、難病で身体だけ動かないという女性の利用者・Aさんがいます。


Aさんは実は私の幼なじみ。

出会いは幼稚園の時でした。
父親同士が仕事の同僚で、家も近所だったことから度々遊ぶ機会があり、
小・中学校も同じ学校に通っていました。

Aさんは小さいころから、少しだけ体が不自由でした。
走ったり飛び跳ねたりということが出来なくて、体育の授業の時はしょんぼりとしていました。
でもそれは、生まれてくるときに股関節を脱臼してしまった影響だと聞かされていました。

体育の授業の時以外は、普通の子供でした。
マイペースでのんびり屋さん。穏やかな性格でした。

私はかなり活発なタイプで、いつも一緒にいる仲ではありませんでしたが、
会えば笑顔で言葉を交わし、
誕生日カードや年賀状は大人になっても切れることなく送り合っていました。


そんな彼女が難病に侵されていて、だんだん体が不自由になっていることを知ったのは、
私が結婚して子供がまだ小さい頃のことでした。


その頃はまだAさんは杖をついて歩けていたし、
喫茶店でお茶をする分には、何の問題もありませんでした。

1年、2年過ぎる頃には杖が車いすに変わり、あっという間に電動車いすに変わって行きました。
外見からはそんな変化しか分かりませんでしたが、
彼女の病気はもっと深刻に、内側から進んでいたのです。


それを知ったのは、私がまさに夫との別居問題の渦中にいた頃でした。
私は仕事に就く必要に迫られ、ヘルパー2級の資格を取ってホームヘルパーとして働き始めていました。
ある日Aさんからメールが来ました。

「芙蓉ちゃん。
芙蓉ちゃんがヘルパーの資格を取ったと母から聞きました。
母は、芙蓉ちゃんのお母さまから聞いたそうです。

今、私が住んでいるグループホームでは職員を募集しています。
もし良かったら、うちの施設に手伝いに来てもらえないかな?

本当は夜勤もあるんだけれど、芙蓉ちゃんにはお子さんもいるから日勤だけでもいいように
施設長に話してあります」



私はすぐに面接を受けて、週に一回だけAさんのいる施設で働くことになりました。

そこで目の当たりにしたこと。

それはAさんの身体状況がとんでもなく重い障害に侵されていて、
そのケアが滅茶苦茶大変だという現実でした。


その頃の私は、まだ介護技術が未熟でAさんの介助が出来るレベルではありませんでした。
ヘルパー経験の浅い私に身を任せるのは、どんなに怖かったかと思うのですが、
Aさんは自分の体を練習台にしなさいと言わんばかりに、
何度も何度もいろんな場面で練習させてくれました。

そのおかげで私は、相当の重度の障害の利用者にも難なく対応できる介護者に成長できました。
そのことはこれからずっと、Aさんには感謝して行こうと、その時思ったのです。


私がこの施設で働き始めて、まる6年が経ちます。

その間、Aさんの障害は容赦なく進んできました。

3年前から施設の専属スタッフになり、夜勤もするようになり、
かなりの長い時間をAさんと過ごしています。


Aさんのたくさんいた友達も、殆ど会いに来なくなってしまいました。
一回の入浴、リハビリ、日常生活の一つ一つに二人介助が必要になって、
彼女自身友達にあっているような自由な時間が殆どないのも事実ですが、

ここまで病気が進んでしまうと、何を話したら良いのか?何と声をかけたらよいのか?
わからなくなってしまうのが普通かもしれません。



私はこの6年間、私がAさんに出来る支援とは何か?

考え続けていました。

今残存する能力を使って、やりたいことをして欲しい。
行きたいところに行ってほしい。
会いたい人に会ってほしい。
まだまだやれる。
私が手伝えばやれるはず。

そう願って、施設長にもその想いを伝え続けていました。



・・・でも。
結果は何も出来なかったのです。




Aさんは、行きたいところに行こうともしない。
会いたい人に会おうともしない。
やりたいことも全て出来ないこととし、ただただ漫然と日々をダラダラして過ごすことを選びました。

彼女のしたかったことは結局、ダラダラ過ごすということでした。

自分がダラダラ過ごすために介護スタッフを動かす。
そうなると介護スタッフは、何のために彼女の支援をしているのか?わからなくなります。
彼女が一生懸命生きようとするなら、どんな支援もしようというエネルギーが沸いてくる。

でも、真剣に生きようとしない。
まだ残っている力があるのに、みすみすそれを無駄にし、
やりたくないことは全部介助者に押し付けて、ただ楽をしようとばかりするAさんを
どう支援すればいいのか?

Aさんは自分の障害が進んでゆくという事実からも、必死に目を逸らし続けました。

もはや人間の力では動かせない、福祉器具も駆使しなければ動かすのは危険
・・・という状況になっても、
Aさんはリフトで移動させられるのを拒みました。

職員の腰が次々に故障し、他の利用者さんの介助に影響が出ても、
なかなか首を縦に振りませんでした。

介助方法が変わってゆくという事実を受け入れることが、彼女にとって高い壁かのようでした。


「こんなに体力なくなっちゃったのか・・・と思わなくてはいけない。
そんな気持ちをちっともわかってくれない」


Aさんはこう零しました。


「だったら、リハビリをして体力を維持する努力をしましょう。
まいにちちょっとずつでもリハビリをすれば、維持出来る時間は伸びます」


介護スタッフや医療関係者にいくらそう忠告されても、
彼女は自らリハビリをすることはありませんでした。

私たちスタッフがやってあげる間接伸ばしなどのストレッチやマッサージは
心地いいので毎日要求してきます。
でも、自分でするリハビリは一切やらない。
筋肉は自分で動かさなければダメなのです。

Aさんの筋力はみるみる落ちて行き、介助するスタッフの負担は増え、
誰かが体を壊し、福祉機器の導入で一悶着・・・その繰り返し。



今年の9月。
私が腰を痛めて1か月休業したころから、Aさんの容態も悪化の一途を辿り始めました。

他のスタッフも私が休んだ分をフォローするので、次々に体調を崩し、まさにピンチ。
違う施設から応援を頼んだりして何とか切り抜けたものの、
Aさんの元気はどんどんなくなって行きました。

あんなに食べることと寝ることが大好きなAさんが、食べられなくなり、眠らなくなったのです。


夜中、1時間おきにコールがなります。
寝返りを打たせて欲しい。トイレがしたい。というコールです。

一回のトイレには15分かかります。
寝返り一つにも5分。

首の位置を1センチ動かせ。手の位置、足の位置、腰の位置、もうちょっと上、もうちょっと下。
心地いい態勢に微調整するのに5分。

身体が崩れたと言って15分後にまたコール。

17時間の夜勤勤務の間、ほぼずっとAさんのトイレと寝返りを繰り返し、
職員は全く休憩が取れない状況が数か月続きました。



Aさんの考えていることがわからない。


そんな想いが心を占めるようになりました。

職員の中には、会議の途中で「もうこの仕事を辞めたい」と泣き出す人もいました。
私も泣きました。
みんなで泣いてしまったこともあります。


これが、本当に必要な支援なのか?

全く休憩が取れない状況で、全力を振り絞って介助している職員のことを
Aさんはどう思っているんだろう?

「ありがとう」も「すみません」もなく、淡々とコールを鳴らして呼びつける気持ちがわからない。


Aさんには介助する側の人間が、どういう風に見えているんだろう?

「お金貰って仕事しているんでしょう?だったら何でもやってよ」と思っているのだろうか?

それとも
「どんなに私がキツイかわからないでしょう?寝返り一つ自分で出来ない苦しさなんてわからないでしょう?」
そう思っているのだろうか?



Aさんがどんなつらい状況を抱えているのか?

こんなに傍にいて介助しているのに、本当のところがわからないように、


Aさんも私たち介護する側の辛さは永遠にわからないんだろうな・・・



介護される側の人間と、介護する側の人間。
同じ時間、同じ空間にいて関わり合いながらも、決して越えられない壁を感じました。




今日、Aさんは入院します。
容態の急変は、もともとの難病とは別に、内臓の病気を患っていたことが分かったからです。
その病気の発見も、Aさんは認めたがらないので裏から手を回し、
半ば強引に受診に漕ぎ付けたといういきさつがあります。


Aさんは私のことを、どう思っていてくれているのかな?


ふと考えると何とも悲しい気持ちになるのです。


本気で私に向きあってくれていない感じがすからなのか・・・。


おそらく彼女は、ある時点から、自分と向き合うということを止めてしまったのだと思います。
それはあまりに苦しく、辛いことだから、
障害と共に生きて行くための選択として、深く考えるのを止めたのかも知れません。

そのことについて、私は決して踏み入れないし、
「私がどんだけ辛いと思っているの?」と返されたら、
私は何も言葉がありません。
難病に侵され、体が動かなくなって行く人間の気持ちをわかるなどとは、絶対に言えません。


Aさんは、私に沢山のことを求めてきます。

もっとあなた力を使って私を支えて。
もっとあなたの時間を使って私に寄り添って。

疲れたなら、仕事じゃない時間に休んで来て。
家族に協力してもらえばいいでしょ?・・・


自分と向き合わないと決めた人。
もう自分の力では一切生きないと決めた人。
諦めた人。

そういう人はおそらく、周りの人とも本気で向き合うことが自動的に出来なくなるのでしょう。


「もう、あなたが何を感じているかなんて考えません。
私自身、感じるのを止めたからです。
だからあなたも感じないようにして、仕事の時間内は私の奴隷になって下さい」

そういわれている様な感覚があります。



Aさんと単なる友達関係なら、関係を切ることもできるだろうし、
私も軽い気持ちでお見舞いだけは続けていたかも知れない。


ただ今、ここから逃げ出すことはどうしても出来ない自分がいます。

Aさんが本気で向き合ってくれることは、この先ないのはわかっていますが、
感謝なんかされなくてもいい。

芙蓉ちゃんは結局使えなかった、と思われてもいい。


向き合わない人に、どこまで向き合えるのか?やってみたい。


私は奴隷じゃない。
感情を持って人間らしく、最後までAさんに向き合ってみようと思います。



芙蓉


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★そういう訳で介護士の仕事がたて込んでいるため、1月は個人カウンセリングはお休みします。
申し訳ありません。

★良妻賢母の勉強会は1月28日火曜日11時半~  芙蓉宅にて
参加希望の方はメール下さい。

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